新時代の幕開けだ【緊急公開】コロナ大恐慌は富裕層を滅し、アーティストを豊かにする。97%の虚構と99%の思い込み編

将来の夢への一歩に不安がある方へ

新型コロナウイルスの影響により、希望を失った人々が増えましたが、それと同時に、今までの生き方や知り得てきたメディアなどの情報、これが正しいと教えられてきたことに対して疑問を持つ良い時間となり、人々の考え方に変化が見られ始めました。

メディアもSNSにより、虚構報道しても、すぐに暴かれて謝罪をする結果を生み、信用が下がってきているのがわかります。
これは、今までのメディアが虚構と虚言だけで構成されていたのに皆さんが気がついた結果です。

「世界はルールに守られている。しかし、そのルールを作った人自身が辛くなるような仕組みは作らない。ならば、誰かが豊かになるためのルールである」

こちらでは、これまでの価値観や思考が間違っていたことを徹底的にお伝えいたします。

99%の思い込み

この世界のあらゆるものは、自らが思った時点で、それが『思った通りのものだ』と認識するようにできています。
なので、自らがこのように思うと主張しても、他の人はまた違った見解を主張することが起きます。

何か違和感を覚えませんか?

現代において、学問、知識、常識によって、『こうあるべきだ』という結論がありますが、何らかの事象に対して、必ず結論というものはなく、あくまで過程の根拠でしか過ぎないのです。

それでは、この世界のあらゆる思い込みを暴いていきましょう。

  • 性格も思い込み
  • 自らの性格を一言で例えると何でしょう。
    『優しい』、『臆病』、『引っ込み思案』、『怒りっぽい』、『社交的』など。

    それでは、なぜそのように思いますか?
    『誰かに言われたから』、『幼少期から言われてきたから』などではありませんか?

    つまりは、これは、誰かに言われて育った結果に生じる思い込みです。
    例えば、幼少期から歌が上手いねと言われて育ったならば、歌が好きなまま成長します。

    あなたは人一倍優しいねと言われたならば、それを意識して優しくなろうとします。
    このように、人の性格とは、自らの持ったものでも、自らが望んだものでもなく、あくまでも、相手の反応によって、形成されたのです。

    なので、いつでも性格は変えることができますが、人は変化を嫌う動物なので、今まで、何年もその性格で過ごしてきたために、その性格を変えることが難しく、そして、他の人からの反応についても、性格を変えてしまったら、嫌われてしまうかもしれないと考えて、その性格がより固定化されて、その性格が自らの性格であると認識してしまうのです。

  • 自信の思い込み
  • 自信とは、自らの能力に自らが評価した結果に生ずるものではなく、あくまでも、他人からの高評価により、自信を持ち、他人からの低評価により、自信をなくします。

  • 完璧の思い込み
  • 完璧は最高ではなく、あくまでも現時点で一番良い状態のことを言います。
    なので、完璧になってから将来の夢に向かって行動しようと思っても、努力して身に付けた能力が当然となり、更に高みが必要だと勘違いが起き、いつまで経っても、その求めている完璧に辿り着くことができないため、行動ができなくなってしまいます。

    例えば、1955年7月17日、アメリカのカリフォルニア州アナハイムに、ウォルト・ディズニー・カンパニーが運営するディズニーランドが初開園した時のミッキーマウスとミニーちゃんがこちらです。
    アメリカのディズニーランド開園当時のミッキーマウスとミニーちゃん

    ウォルト・ディズニーさんと一緒に写るミッキーマウスとミニーちゃんも残されています。
    ウォルト・ディズニーさんと写るミッキーマウスとミニーちゃん

    一見、偽物のように思えますが、こちらは実際にアメリカのディズニーランドの正式キャラクターとして存在していました。
    現在のミッキーマウスとミニーちゃんとはクオリティが雲泥の差であることがわかります。

    このように、成果をあげている人々の誰もが、初めから完璧なものを提供していたのではなく、常に試行錯誤して、提供するクオリティをあげていった結果が今にあるのです。
    ウォルト・ディズニーさんが、このような言葉を残しています。

    「ディズニーランドが完成することはない。世の中に想像力がある限り進化し続けるだろう。」

    世界的に有名なディズニーランドでさえ、完成していないのです。
    つまり、今、全力を出して、制作したり、誰かに提供したものが完璧なのです。

  • 好きなことの思い込み
  • 好きも嫌いも、容姿が可愛いも可愛くないも、上手いも下手も、相手の価値観によって決定されています。
    自らの容姿に自信がないのは自らの価値観によって決定しているに過ぎないのです。

    例えば、幼少期から、あなたは可愛いと言われ続けたならば、自らは可愛いと認識し、容姿を良くすることに興味を持ち、より可愛くなり、それがいずれ、モデルとしてのお仕事に繋がっていきます。
    しかし、可愛いと言われて人気の人でも、その人を嫌う人もいます。

    これは、容姿というものが他の人の価値観によって決定されているだけで、それによって、自らの趣味嗜好の決定を左右していることを意味しています。
    なので、肯定する人もいれば、否定する人もいるのであれば、その特定の意見に従って、自らを変える必要はないのがわかります。

    時に、自らの意思で決定できない人がいますが、これは、他の人の意見に左右されやすいだけなのです。
    この場合は、自らの好きを追究していくべきです。

  • 情勢の思い込み
  • 「メディアは利益のためにニュースを発信している。なぜなら、メディアは企業だからだ」
    ニュース番組のほぼ全ての報道がネガティブで構成されていませんか?

    これは、ネガティブなニュースにより、人々の不安を煽ることでCMの収益を3倍に上げられるためです。
    テレビ番組はCMスポンサーの資金援助により、成り立っているので、CMスポンサーのためにそのようにするしかないのです。

    例えば、交通事故のニュースが連日して続いたりしませんか?
    これは、便乗してネガティブを発信することで、ムーブメントを起こし、人々の不安を増長できるからです。

    少し考えてみるとわかりますが、交通事故はニュースで報道される以外にも毎日たくさん起きています。
    その中のひとつです。

    その毎日起きていることをあえてニュースとして連日して取り上げるということは何かあると考えるべきです。

    『世界は利益のために。政府は保身のために。人は保身のために』

  • 金融経済の思い込み
    経済の仕組みについては、第1項でお伝えした通りですが、その仕組みを作ったのは間違いなく、人間です。
    これがいくら(価格)で、どのくらいの価値で、どのようにしたらお金が稼げて、どのようにしたら裕福になれるか、自らの幸せは何か。

    幸せが何であると、自らの意思で決めているのではなく、誰かに『これが幸せなこと』と教えられて、無意識のうちにそれが手に入ることで幸せで、手に入らない時に不幸せと判断していませんか?
    さて、これは、本当に幸せなことでしょうか。

    誰かの幸せのために、学生は毎日学習し、会社員は毎日働かされてはいませんか?
    なぜなら、人は何かを決定する時や仕組みを作る時に、自らを不幸にする決定や仕組みにはしないからです。

    ならば、この金融経済を作った人たちが幸せになるために、人々は、その経済学を生活や学校で学ばされているに過ぎないということになります。

    • お金の流れを考えてみる
    • 県立学校であれば、就職するまでに必要な学費は、一度、国に入り、教育委員会から学校に利益として分配されます。
      そして、会社員として働いて発生した会社の利益の3割が会社員の収入になり、会社の利益の20%が国税として国の利益になります。

    • 国民の人生の4分の1が国のもの
    • 財務省の調べによると、2019年度は租税負担率(国税・地方税が所得に占める割合)が25.4%であるとされています。
      これは、国民ひとりの収入の約25%が税金として国の利益になっていることになります。

  • 教育の思い込み
    今学んでいる学問は本当に真実ですか?
    今まで学んできた知識は本当に真実ですか?

    どちらも、決して真実ではなく、現時点での結論です。
    学問で言われる答えというのは、現時点での根拠や理論によるもので、それは一過性の中にあります。

    更に、その答えに基づく、理論や主張は、あくまで人の見解の中にあるため、偏っています。
    なぜなら、人は必ず良し悪しのフォーカスがあるからです。

    • 良し悪しのフォーカス
    • 人は興味を持ったものにしか反応を示しません。
      特に3S(食事、睡眠、性交)、3B(ビューティー、ベイビー、ビースト)によって人は良く反応します。

      そして、興味の対象を見ている時はその対象以外の視野にある存在を消去するように脳が処理をするために見えなくなります。
      これは、物体や対人でも起き、知識であっても起きます。

      このお話でよく例えられる内容として、男女のカップルが町中を歩き、女性は洋服や食事に視線が向けられて、男性は車やゲームに視線が向けられるという一例があります。

      興味を持ったものに関しての情報は、いつの間にか手に入れていて、そして、それが思考の判断基準の材料として用いられます。
      これは興味があるから、インターネットやメディア、町中や商品広告で目にしたものを無意識のうちに記憶しているのです。

      なので、興味のないものに関しては調べませんし、すれ違っても記憶には残りません。
      そのため、好きなもの(こうだという主張)が正当化されるための理論が無いかと調べて、その好きを正当化する内容の実例などで固めて、あたかも真実であるかのようにして述べたものが人の主張であり、今の学問です。

    このように、答えには、人の偏った思考が必ず存在し、それを学んだ人から教えられる学問も偏った教示になります。
    もしかしたら、その答えが真実であるかもしれませんが、人の知識や知能が向上するに伴って、見解は変化したり、環境や情勢によっても見解は変化しますので、今現時点で、その答えが真実であるという証明は絶対にできません。

    現に、相対性理論も量子力学の登場のより、見解が分かれ始めています。
    歴史も同様に、あくまで誰かの仮説であって、「このほうが辻褄が合う」という主張が学問として教えられています。

    例えば、1192作ろう鎌倉幕府ではなく、最近では、1185作ろう鎌倉幕府として教えられています。
    こちらも今後、また、変更されるかもしれない仮説なのです。

    それだけ曖昧なものに、テストという〇×の見解を小学生から大学生まで植え付けられて、この内容の答えは『これ』と、知識として覚えているのです。
    10年後、間違っている可能性もある答えを信じて、人々は生活をしているのです。

世界で教えられている97%は嘘

人は教えから離れて生きることはできません。
教えの無い世界ではただ迷うだけです。

これは、教えの周りには人が集まり、そこで交流が生まれ、生活が育まれるからです。
人は何よりも孤独が不安と恐怖をもたらし、正常な判断ができなくなります。

そして、その希望を維持してきたのが、世界を運営している組織。
その組織の利益のために社会が生まれ、喜怒哀楽も生まれました。

もし何の教えもない状態になるならば、生きる意味を失い、人は絶望します。
そこに意味をもたらし、その活動に感情を見い出し、喜怒哀楽で人生を豊かにすることができたのがこの現代です。

なので、資本主義世界は人が人として活力を見い出す良い時代であったとも言えます。
しかし、もしそれがなければ、人が生きる意味などないことに気がつきます。

これが、真実だと著者は説きます。
偶然生まれた人々は何ら意味などなく、ただ生きているだけなのです。

そこに意味をもたらしたのが、資本主義社会です。
しかし、これは、何もないところに意味を作った誰かの意図があり、その意図、すなわち計画の中の生きる意味をもたらすジャンルの中で、私たちはひとりひとり幸せになれるジャンルを選択し、そこで幸せを感じているに過ぎないのです。

例えば、一般的に幸せな人生として挙げられるのが、高校卒業、有名大学卒業、大手企業に務め、20代で結婚するというものでしょう。
これは、資本主義社会の中で、幸せを得るためのジャンルのひとつであって、もし、制限なく幸せを求めていけるのであれば、これまでにはなかった、もっと幸せになるジャンルの選択肢が生まれることでしょう。

このように、人が生まれた意味などなく、そこに意味を与え、限られたジャンルの中で、人々は、幸せを感じさせられているだけなのです。

売れていますよの嘘

商品の販売のキャッチコピーでよく見かけるのが、「売上ナンバー1、※当社比」です。
これは、本当に売れているかもしれませんが、これをキャッチコピーにしている理由は、会社の利益になるからです。

愛されていますの嘘

芸能人が愛用していますというのは、利用しているかもしれませんが、どのくらいの頻度で利用しているかは表記されていません。
こちらも同様に、会社の利益になるからです。

これ大好きの嘘

誰かが「これ大好き」と言っているならば、何がどのように好きなのかを問うべきです。
誰もが、人から見られる自らの評価を下げるようなものを「好き」とは言いません。

または、そのように言うことで自らが幸せになる可能性があるので、人は発言します。
つまりは、自らの利益になるからです。

良く見せることが利益となり、良い能力を求める人が減少した構図

このように誰かが幸せになる構図の中での発言や行動は、自らをおとしめるようなことはできず、結果として、自らが良い立ち位置でいたいという思いが反映して、良く見られないことは隠します。
これは会社も同様に起きています。

結果として、才能や技術は利己的なものとなり、自らに利益がなければ相手に提供しなくなっていきました。
そして、この利益がこれまでの資本主義社会において、『お金』と『地位』だったのです。

好き嫌いの強制から生まれる従事者

「人参も残さず食べなさい」と親が言う光景をよく見かけますが、これは真実でしょうか。
これは、その親が生まれ育った環境で得た知識や経験、体験(親から言われたなど)による思考のテンプレートのひとつで、よく考えずに発言しているに過ぎません。

実際のところ、人参が嫌いでも、人参の成分に似ているものを摂取すれば問題はありません。
しかし、それに従うことがあたかも当然のようになっています。

『これが躾だと言って』

家族、学校、会社と、人が取りまとめているものには「これをしなさい」という強制があります。
これにより、ふたつ良い結果が得られます。

ひとつは、指導者も従事者も思考を練ることを省力化できるので楽になります。
もうひとつは、秩序が保たれます。

しかし、良くない結果も起きます。
それは、考えることが億劫になり、考えるとすぐに疲れてしまい、その行く末は、誰かに従っていればいいやという思考になっていきます。

これを上手く利用して形成されたのが現代社会です。
特に芸能事務所は、所属させることやスクールに通わせることが目的となっているところが多いのが現状です。

所属することで、名目上は芸能人となりますので、一般人から逸脱できて華やかな人生を送れるように感じられますが、実際は、現場で交渉や実行するのは事務所ではなく本人です。
ニーズなどに合わせていかなければ売れませんし、売れなければ、解雇されます。

しかし、そこの部分を伏せて、『プロと同じ活動ができます』という名目で所属させて、所属する時に費用を徴収したり、「磨けば良くなると謳い」スクールに通わせてレッスン料を徴収したりと、芸能事務所が潤う仕組みが確立されています。
もちろん、ちゃんと機能している芸能事務所もありますので、全てではないことを明記します。

このように、芸能事務所とは、所属しているアーティストの活動を応援するものではなく、アーティストの活動で得た収益の一部を搾取するコバンザメのような立ち位置です。
これを証明するように、個人で活動していたアーティストが芸能事務所に引き抜かれる事案が多くなってきました。

これは、SNSなどの個人で活動できる幅が広がった結果、個人が活動し、そこで増えたファンの数と見込まれる収益の数字が打ち出されて、芸能事務所の利益になると判断されたために「当社でマネジメントすれば、もっと有名になれますよ」と謳い、近づいてくるのです。

また、このような事案もあります。
芸能事務所のオーディションで有利にするために、SNSを始めたり、ライブ配信を始めたりして人気を集めることです。

これはあくまでもファンのためでも自らのためでもなく、芸能事務所によく見られたいからということであり、芸能事務所に対して他力本願であるに過ぎません。
これでは自らの能力や人生を全てその芸能事務所に預けていることになりますので、言い値で活動することにもなりますし、解雇された時、絶望になります。

そのようにならないためにも、自らの活動に対する芸能事務所のポジションを明確化しておく必要があります。
例えば、芸能事務所から声をかけられたならば、このように考えると良いです。

『芸能事務所が声をかけてきたということは、アーティストとしての才能も今後の伸びしろもあるということになりますし、その【売れる】と判断されたのであれば、趣味嗜好が違えど、他の芸能事務所でも所属できるというお墨付きをいただいた』

すなわち、個人でも、マネジメント能力を身に付ければ、芸能事務所に所属しなくても十分にプロ活動ができるということなのです。
マネジメントが苦手だから、芸能事務所に頼るという選択もあるかと思いますが、これも実は間違った考え方です。

マネジメントが苦手ならば、雇えばよいのです。
これまでは、会社や事務所に所属しないとお仕事がもらえないという縛りがありましたが、もう変わります。

今後は、ギグエコノミーが主流になっていきますので、個人が個人という会社を設立して、自らが苦手なことを得意とする協力者を集めて、お互いが得意なことで協力し合って、成し遂げれば良いのです。

番外編。オーディションを利用する

一般的にオーディションは一世一代の大きな行動に感じられますが、芸能事務所は違います。
企画に合うか、売れるか。

これが芸能事務所には求められています。

なので、会社の面接と何ら変わりませんし、会社側の好みで判断されます。
それなのに、オーディション参加者は、とても緊張して、合格できるように良く見せようとします。

オーディションは、以下のような考え方で挑むのをおすすめいたします。

  • 能力チェック
  • アーティストとして活動していると、時々、本当にこの能力で良いのか。まだ足りないのではないかと悩むことがあるかと思います。
    そのように思ったら、オーディションに行って、評価していただければ良いのです。

  • 同業者との交流
  • オーディションで集まった人々は、同じ志の人々なので、その人たちと交流をするために行くのも良いです。
    また、他の人の能力を自らの能力の評価基準にしても良いでしょう。

そして、そのオーディションに合格したならば、能力のお墨付きがありますので、自らマネジメントを行いつつ、活動していけば、プロと同じポジションになれる可能性があるということになります。
また、相互関係を考慮して、良質な関係性を築ける芸能事務所であれば、自らの意思で判断して所属すれば良いのです。

オーディションとは、あくまでも面接であり、行くか行かないかは芸能事務所が判断するものではなく、自らが判断し、合否を芸能事務所に提示するのです。
これが、次代のアーティストが必要な知識です。

当スクールでは、個人で活動するために必要なノウハウをお伝えする『プロ養成』科目があります。
ぜひ、体験レッスンにお越しください。
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※参考文献について、続きの記事にて記載いたします。
※組織や団体の固有名称の表記はあえて伏せてお伝えしております。

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